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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)5544号 判決

原告 黒野清

右訴訟代理人弁護士 大河内躬恒

被告 森光雄

〈ほか一名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 須藤静一

同復代理人弁護士 浜谷知也

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告らは各自原告に対し金百万円及びこれに対する、被告森光雄は、昭和三九年六月二四日以降、被告森良雄は、昭和三九年六月二五日以降、各完済まで年五分の割合に依る金員を支払え、訴訟費用は被告らの連帯負担とする、との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。

(一)  原被告らは、いずれも訴外森電三の嫡出の直系卑属であり、原告はその三男で昭和六年伯父である訴外黒野隆三の養子となったもの、被告森光雄(以下単に被告光雄という。)は右電三の長男、被告森良雄(以下単に被告良雄という。)はその二男であるところ、訴外森電三は昭和二〇年四月一日死亡し、その所有していた東京都目黒区緑ヶ丘一丁目二二七六番一一の宅地一二二、五四平方米を含む三三〇余坪の土地は相続に因り被告光雄がその所有権を取得した。

しかしながら、原告は、右土地については、父電三がこれを原告と被告らの三名に等分に相続させる旨遺言をしていたと思われたので、昭和二八年被告光雄を相手方として東京家庭裁判所に相続権回復調停(同庁同年(家イ)第三一一五号事件の申立をし、昭和二八年一二月二三日原告と被告光雄との間に次のような調停が成立した。

被告光雄は、原告に対し、昭和二九年一月一日から向う二〇年間、同被告所有の前記東京都目黒区緑ヶ丘一丁目二二七六番一一の宅地一二二、五四平方米のうち原告が建物を所有する目的で使用する北西側角地九九、一七平方米の土地(略五間×六間の長方形を形成する。以下単に本件土地という。)を無償で貸与する。但し原告は被告光雄に対し、右借受部分に対する公租公課に相当する金銭を支払うものとする。

(二)  ところが、被告光雄は被告良雄と相謀って、いまだ原告が本件土地に建物を建築しないでいた昭和四二年六月二九日、本件土地を訴外服部悦子に売り渡し、同年七月五日これが現実の引渡しをすると共に右訴外人のために所有権移転登記を経由した。

以上のように、被告らは、共謀の上、前記調停を履行不能にし、原告をして本件土地を使用することを不可能にし、原告の本件土地に対する使用貸借契約上の権利(それは右昭和四二年七月五日当時において金三百万円相当であった。)を喪失させ同額の損害を原告に与えた。

(三)  よって、原告は、被告光雄に対しては債務不履行に因る損害の賠償として、損害三百万円の内金百万円に相当する賠償の支払を被告良雄に対しては不法行為に因る損害の賠償として右同様金百万円の支払を求め、かつ右について各訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

(1)  原告主張請求原因(一)の事実中、原告及び被告らの父森電三が、原告及び被告らに本件土地を含む原告主張の宅地三〇〇坪余を等分に取得させる旨の遺言をしていた、との事実を除くその余の事実はすべてこれを認めるが、右遺言のあったという事実は否認する。同(二)の事実中、被告光雄が原告主張の日本件土地を訴外服部悦子に売り渡し、かつその主張の日これが引渡しと所有権移転登記を経由したことはこれを認めるが、その余の主張はすべて争う。

(2)  原告が被告光雄との間に成立した調停により本件土地について有する契約上の権利は、次の事由に因り、すでに、昭和四二年六月以前に消滅していたものである。

(イ)  原告は遅くとも昭和三三年中に被告光雄に対し本件調停に因り取得した権利を放棄する旨の意思表示をした。

(ロ)  かりに、右事実が認められないとしても、同じく昭和三三年中に原告と被告光雄とは合意に依り、右調停に依り成立した本件土地に関する契約を解除した。

(ハ)  かりに、右合意解除が認められないとしても、右調停に依り成立した原告と被告光雄間の契約は、昭和三四年二月一三日被告光雄が原告に対してなした一方的解除の意思表示に因り消滅したものである。

(ニ)  以上(イ)ないし(ハ)の主張は次の事実にもとづくのである。すなわち、

前記調停成立後において、原告は、本件土地の形状坪数等が気に入らないと言って再三被告光雄に苦情を申し入れて来ていたが、その後昭和三一年暮頃にはこのことで原告と応待していた被告光雄の妻昭子に対し、暴力沙汰に及び同女を殴打負傷させるに至ったので、被告光雄としても、原告に本件土地を約定どおり使用させるのに危惧を感じていたところ、昭和三三年に至って、原告は再び被告光雄を相手方として東京家庭裁判所に家事調停の申立(同庁昭和三三年(家イ)第四九四五号事件)をし、その調停の席上において、被告光雄に対し、前回の調停に依って認められた本件土地に対する権利は放棄する(これが被告らのいう(イ)の原告の権利放棄である。)から、これに代えて金員を貰いたい旨を申し入れてきた。そこで被告光雄もこれを容れ(これが被告らのいう(ロ)の合意解除である。)金額について話し合いを進めたが額について折り合わなかったところ、被告光雄は前記妻に対する暴行事件などを考え合わせ原告の態度に強く不信感を抱いたので、同調停の最終期日である昭和三四年二月一三日に原告に対し、本件土地は原告に使用させないまた代償としての金員支払要求にも応じられない旨を告げ、(これが被告らのいう(ハ)の解除である。)ここにおいて右調停は不調に帰したのである。

(3)  かりに、右(2)の主張が容れられないとしても、右(ニ)の主張事実末段からも明らかなように、原告の本件土地の使用は、昭和三四年二月一三日以降不能となったものであり、このことはその時点において原告の知っていたものであるから、本件土地の使用不能に因り生じたという履行に代る損害賠償債権は、原告が右時点より一〇年の時効期間経過前にこれを行使しなかったことに因り時効によりすでに消滅している。

原告訴訟代理人は、被告ら答弁(2)及び(3)の主張はすべて争う、と答えた。

証拠≪省略≫

理由

原告主張の請求原因(一)の事実中、本件土地を含む東京都目黒区緑ヶ丘一丁目二二七六番の宅地三〇〇余坪について、原被告らの父森電三が、これを、原告及び被告らにいかに取得させるかについて遺言をしたかどうかについての点はこれを措き、その余の事実は当事者間に争いがない。また、同(二)の事実中、被告光雄が本件土地を昭和四二年六月二九日訴外服部悦子に売り渡し、同年七月五日これが現実の引渡しをすると共に同訴外人のためにその所有権移転登記を経由したことも当事者間に争いのないところである。

そして、右当事者間に争いのない原告主張請求原因(一)の事実の一部及び≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、昭和二八年頃その兄である被告光雄を相手方として、同被告が家督相続に因りその被相続人森電三からその所有権を承継取得した本件土地を含む東京都目黒区緑ヶ丘一丁目の三〇〇余坪の土地については、右電三の遺言に依り、原告もこれが三分の一について所有権を有する、との理由で、相続権回復の調停申立をした結果、昭和二八年一二月二三日原告と被告光雄間に、当事者間に争いのない内容の調停が成立したものであるところ、その後、原告は、右調停に不満を抱いていたためか、被告光雄に対し本件土地の引渡しを求めることもなく、また、同被告に対し約定中にある本件土地の公租公課に相当する金員の支払もしないままでいて、昭和三一年頃になると、かえって、本件土地の引渡しを受けて現にこれを使用することは、前記遺言の存在を前提とする自己の主張を放棄することになるのを懸念し、右調停の内容について不満を訴え、これについて被告光雄の妻昭子と口論した揚句、同女を殴打する等の暴行にまで及んでしまった。

そうこうしているうち、原告は昭和三三年にいたって、またまた、被告らを相手方として東京家庭裁判所に森電三の遺産に関する調停を申立て、右調停の席上で、被告光雄に対し、本件土地の使用はしない、その代り金二〇〇万円位を支払って貰い度い旨を主張した。

一方被告光雄は、原告が本件土地を使用しないことは差支えないが、原告要求の金額の金員は支払えないと主張して調停期日を重ねた結果、昭和三四年二月一三日の調停期日において、原告の右のような被告の好意を無視した背恩的とも思われる不信な態度をよしとしない同被告は、原告に対し、本件土地の使用を許さないこと及び同被告としては原告の金員支払要求には応じられないことを主張するに至り、右調停は同日ここに不調となった。

そして、その後、森電三の遺言の存在を請求原因とする原告の本訴提起(昭和三九年六月一六日訴状受理)まで、原告から被告光雄に対し本件土地の引渡要求もなく、また公租公課相当の金員支払もなく経過した。

≪証拠判断省略≫

右認定事実に依ると、昭和二八年一二月二三日に原告と被告光雄との間に調停に依り成立した本件土地についての契約は、講学上にいわゆる負担付の諾成的使用貸借契約(原告が本件土地の引渡しを受けていないことは右認定により明らかであり、原告が被告光雄に支払うべきものとされた公租公課相当額の金員は本件土地使用の対価ではなく単なる負担とみるべきである。)と称するに妨げないものということができる。

そして、このような契約の消滅あるいは契約にもとづく権利の消滅については、民法に直接これを明定した規定はないが、この契約上の権利を、その権利者、すなわち、本件契約についていえば原告においてこれを放棄することあるいはかかる契約を合意解除することはなんら妨げないものと解すべきであるところ、前記認定に依ると、これらの事実のみに依っては、被告らがその答弁(2)の(イ)及び(ロ)において主張する原告の権利放棄及び原告と被告光雄間の合意による契約解除があったものということはできない、と認めるのが相当である。

しかしながら、右認定に依る事実からすると、被告光雄は、被告らがその答弁(2)の(ハ)において主張するように、昭和三四年二月一三日原告に対し、本件土地についての調停による契約を一方的に解除したものと認めるのが相当であり、また、右契約が負担付であるとはいえ無償契約である点を考慮しかつ、右認定の事実の経過からみると、右解除の意思表示は民法五五〇条六五一条の精神を類推すれば、法律上有効のものと解するが相当である。したがって右解除に依り本件土地についての原告と被告光雄間の契約は消滅したことになる。

以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、その余の点についての判断をするまでもなく失当として棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安藤覚)

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